『○ミルクティー○』



 部屋中に漂うバターと砂糖と小麦粉の甘い香り。
好きなひとのために、そのひとの好きなものを、そのひとのことを想いながら作るしあわせ。
まあるいクッキーが焼きあがったのを見計らったかのように、出窓の硝子がコンコンと叩かれた。

----こんばんは。

クッキーと同じくらいまあるい顔が挨拶をする。

「いらっしゃい」

わたしはいつものように窓からお月さまを部屋へと招き入れ、テーブルにクッキーを置き、お茶をいれる。

----今夜のお茶はなんですか?

お月さまがわたしの髪を撫でながら聞いてくる。
撫でられることを思って丁寧に梳いた髪がサラサラと音をたてる。
大きなてのひらがわたしの頭に沿う。気持ちがいい。

「今夜は冷え込むそうなのでジンジャーミルクティーにしてみました。体が温まりますよ」

テーブル越し、向かい合わせに座りお茶を飲む。
お月さまのお話はいつも不思議で楽しくちょっぴり悲しい。遠い町の知らない人の物語。
雲にはしごをかけて取った星をフクロウに奪われてしまった男の話。
恋人からもらった虹の指環を湖に落としてしまった女の話。
月の舟をあやつって星座めぐりをする老人の話。
優しいお月さまの声を聞いていると心の中がほんわかとしてきて、大きな優しさに包まれているような気分になる。
眠ってはいけないと思っているのに自然とまぶたが下がってくる。

----さあ、もう寝る時間ですよ。

眠りへと誘うように、ぬくもりがわたしの両頬を包む。

「もう少し、お話をして」

いつものように駄々をこねる。お月さまは寂しそうに首を横に振ると、まるでこどもを寝かしつけるように
わたしを抱きかかえてベッドへと運んだ。

「おつきさま・・・」

沈丁花の香りがする胸の中でささやいた声はくぐもり、まるで自分の声ではないよう。
夢のような不確かな空気の中、ぴたりと頬をよせ存在を確かめる。そうしないとお月さまを見失ってしまいそうで
不安になる。
抱かれている時のしあわせと、離れた時のさみしさ。
絡んだ指がほどける瞬間の切なさは、何度味わっても慣れることはない。
触れ合っていた指先が離れ、ぬくもりが遠のく。

次に逢えるのは30日後。
これから徐々に欠けて行く月がまた今日のように満ちた時。

----おやすみ。

お月さまのキスはいつも少し冷たい。
窓の外へと消えてゆく後ろ姿を見送って、わたしはしずかに目を閉じた。



《著:ユウ》


(c) ユウ/さいたまプラネタリウムクリエイト 2014


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