『魔法の手』



田舎のおばあちゃんのうちは田んぼと田んぼに挟まれていて、お隣のうちまでは100m以上も離れている。
おばあちゃんはそこで1匹の猫と1匹の犬と3羽のニワトリと一緒に暮らしている。
おじいちゃんはぼくがあかちゃんの時に病気で亡くなった。
とてもぼくのことをかわいがってくれたらしいが、ぼくにはその記憶がない。
でも今ぼくの部屋にある立派な天体望遠鏡は、おじいちゃんがぼくが生まれた時にプレゼントしてくれたも
のだと聞いた。
「生まれたばかりのこどもに望遠鏡?」
と、みんなびっくりしたらしいけれど、おじいちゃんにはきっとぼくが星好きになるという自信があったの
だとおかあさんは言う。
おじいちゃんには“不思議な力”があったのだと・・・
 
おばあちゃんの家はぼくの家から電車とバスを乗り継いで2時間半のところにある。
月に1度ぼくはおばあちゃんの家に行く。
去年まではおかあさんやおとうさんと一緒に来たけれど、今年からは一人でも来られるようになった。
おかあさんはとても心配したけれど、
「もう5年生になったのだから大丈夫さ」
と、おとうさんが言ってくれた。
 
おばあちゃんのうちの庭からは星がとてもよく見える。
庭に段ボールを敷いて寝転がりながら見るのがこの家の決まりらしい。
おかあさんはこどもの頃からそうしていて、星を見るときは寝転がって見るものだと思っていたらしい。
おとうさんはおかあさんと結婚するまで寝転がって星を見たことはなかったから、この家の家族が夜庭に
寝転がるのを見てびっくりしたそうだ。
でも今ではおとうさんが一番寝転がるのを楽しんでいるように思う。
 
夏はおばあちゃんが畑で作ったスイカを食べたり、花火をしたりしながら。
冬はあたたかな飲み物を持って、星を眺める。
 
今夜は冷えるからとたくさん着込んで湯たんぽがわりに猫を抱いてさらに毛布に包まって、ぼくは冬の
星を眺めた。
おばあちゃんがホットチョコレートを作って持ってきてくれた。
おばあちゃんの手は魔法の手だ。どんな料理でもおいしく作ってしまう。
おばあちゃんがぼくの隣に座った。
猫がぼくのおなかのあたりでもぞもぞと動く。猫はおばあちゃんのことが大好きだから、おばあちゃんの
ところに行きたいのかもしれない。
ダウンジャケットの裾をまくると猫が出てきた。猫はゆっくりとおばあちゃんの膝の上に乗ると体を丸めた。
犬はこの寒さの中外に出てくるのを拒んだので家の中だ。
 
「ねえ、おじいちゃんは星に詳しかった?」
 
ホットチョコレートを飲みながらぼくはおばあちゃんに聞いた。
 
「ええ、とても詳しかったわ」
 
おばあちゃんも一緒にホットチョコレートを飲んでいる。
 
「私がこの家に嫁いできた時にはまだあなたのひいおじいちゃんやひいおばあちゃんがいて、
私は農業なんてしたことなかったから毎日が勉強の連続で落ち込むことも多かったの」
 
驚きだ。おばあちゃんの魔法の手は野菜もお米もおいしく育てる。ぼくはスーパーで買ったにんじんは
食べられないけど、
おばあちゃんが育てたにんじんなら生でだって食べることができる。
おばあちゃんにそう伝えると、
 
「魔法を使えるようになるには修行や勉強が必要なのよ」
 
と言った。
 
「うまくできなくて落ち込んでいると、おじいちゃんは私を外に連れ出してこうやって一緒に星をながめた」

「そんなにおしゃべりな人ではなかったけれど、ぽつりぽつりと星の話を聞かせてくれた。
神話から科学的なお話まで、本当になんでも知っていた。でも最初はそうではなかったのよ」

おばあちゃんはそう言ってくすりと笑った。

「結婚する前、デートの帰りに私が何気なく“あの星はなんて星かしら?”っておじいちゃんに聞いたの。
その頃のおじいちゃんは星に詳しくなったからその星の名前が答えられなくて・・・それが悔しかったのね、
次の日の夜呼び出されて“あれはシリウスだよ”って」
 
「冬の星座はオリオンの三ツ星を探すことからはじまるって、三つ並んだ明るい星を見つけたらその並びに
沿って右に上がればおうし座のアルデバラン。
左に下がればおおいぬ座のシリウス」

おばあちゃんは楽しそうに夜空に輝く星を指さした。
星を一つ一つ指さしながら話をするおばあちゃんはとてもかわいらしくて、おじいちゃんはおばあちゃんの
この顔が見たくてずっと星の話をしていたんじゃないかなとぼくは思った。

ぼくは時々おじいちゃんの書斎へと入る。壁一面の本棚には綺麗に並べられた本たち。
その一冊一冊がおじいちゃんの知識で、それはつまり、おばあちゃんを思うおじいちゃんの気持ちだったんだ。

おじいちゃんはあの部屋でおばあちゃんに話すお話を探していたんだね。

「おじいちゃんが説明してくれると不思議とその星は前よりもずっと輝いて見えた。星がね、いとおしくなるの」
 
“おじいちゃんの不思議な力”

おかあさんの言葉を思い出した。
そのことをおばあちゃんに言うと、おばあちゃんは笑ってぼくの手にそっと自分の手を重ねた。

「それならきっとあなたにもその“不思議な力”があるわね」
 
大好きな人が笑顔でいられますように。
ぼくはおばあちゃんの魔法の手を握った。
 




END


《著:ユウ》


(c) ユウ/さいたまプラネタリウムクリエイト 2015


星の本棚に戻る