『ほうき星』
       

           
 夜明け前の東の空、少女の見つめる先には白いスカートの裾をひるがえし夜空をわたるスイセイの姿。
 もうすぐタイヨウが昇る。少女の一日が始まる。
 
 暗い宇宙の中を一人旅するスイセイが出逢った美しい蒼い星。生命を育むあたたかな星。

 「タイヨウさん、わたしなんだかおかしいの」

 ある日スイセイはタイヨウに相談しました。

 「あの蒼い星を見ると胸が痛いの。苦しくなるの。これはなに?」

 タイヨウは答えました。

 「それは恋というものです。あなたはチキュウに恋をしたのね。でもあなたは旅する星だから
  もうすぐチキュウとお別れをしなければなりません」

 「お別れ?」

 「ずっとチキュウのそばにいることができないのは、あなたが一番よくわかっているはずです」

 スイセイは静かにうつむきタイヨウに問いました。

 「わずかな時間を共におくりたいと思うのは、悪いことですか?」

 タイヨウはスイセイの問いには応えず、そっとほほ笑みました。


 タイヨウに近づき輝きを増すスイセイは一層美しくなり、みんなの心を捉え離しません。
  スイセイの姿を一目見ようとみんなが東の空を見つめるのです。

 「タイヨウさん、みんながわたしを見ています」

 「あなたが美しいからです」

 「わたしは本当に美しいのでしょうか?記憶に残るような、美しい星になれているのでしょうか?」

 「それはチキュウにきいてみなさい」



 スイセイがチキュウに近づいた時、チキュウは優しくほほ笑みかけてくれました。
 揺らめくオーロラに包まれ、スイセイはここに留まりたいと強く思いました。
 でも、そんなスイセイにチキュウは言いました。

 「さあ、あなたは旅を続けなければいけません」

 泣き出しそうなスイセイの頬を偏西風が撫でてゆきます。

 「泣いてもいいですよ。あなたの流した涙をちゃんと受け止めますから」

 スイセイからこぼれた涙はチキュウにぶつかり流星群となりました。

 「チキュウさん、あなたは優しすぎる」

 そう言ってスイセイはチキュウに背を向けました。



 「チキュウにさよならは言えましたか?」

 タイヨウの問いかけにスイセイは首を横に振りました。その間にもスイセイの瞳からは涙が
 どんどんこぼれてゆきます。

 「泣きたいのなら泣きなさい。でも泣きすぎてはダメですよ。あなたが溶けてなくなってしまう」

 そう言ってタイヨウはスイセイを自分の懐に招き入れました。
 タイヨウのまぶしさでみんなの目にはスイセイは見えなくなってしまいました。
 みんなが美しいスイセイの姿を待ちわびる中、スイセイはタイヨウの保護の下で泣き続けました。
 悲しみは冷たいものだと思っていたスイセイは、悲しみは熱く激しく心と体を溶かしていくものだ
 ということを初めて知りました。

 「これ以上泣いたら本当に消えてしまいますよ」

 タイヨウは泣き続けるスイセイの背中を押しました。

 「初めての恋は苦しいものです。これからあなたは旅を重ね、もっといろいろな恋をするでしょう。
 心躍るもの、傷みに身を捩るもの、切なさに涙するもの、それをあなたは一人で越えて行かなくては  
 なりません」

 「はい」

 「初めての恋の相手がチキュウで良かったですね」

 「はい」

 「お行きなさい。みんながあなたを待っています」

 再び姿を現したスイセイに誰もが息を飲みました。流した涙が美しい長い尾となり輝いています。
 チキュウは何も言わず優しくスイセイを見つめていました。
 もう二度と出逢うことのない放物線状の軌道。奇跡のような出逢いと別れ。


 「ありがとう。さよなら。」


 スイセイが最後に見たものは、チキュウの中からスイセイに向かって手を振る恋する少女の姿でした。



《著:ユウ》

 (c) ユウ/さいたまプラネタリウムクリエイト 2013

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